市川社労士事務所
介護事業所の「15分単位の勤怠」は大丈夫?残業代の支払いだけではない労働時間管理のポイント
厚生労働省は、令和7年に労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案について、監 督指導の状況を公表しました。
令和7年の監督指導件数は22,605件、対象となった労働者は173,016人、不払賃金の総額は128.6億円となっています。
業種別にみると、「保健衛生業」は対象労働者47,033人(27.2%)で最も多く、不払賃金額についても27.1億円(21.1%)と最も大きくなっています。
なお、「保健衛生業」には介護事業所以外も含まれるため、これらの数字がそのまま介護業界の状況を示すものではありません。
今回公表された事例の中には、介護事業所にとっても確認しておきたい労働時間管理の問題が紹介されています。
「15分単位だから切り捨て」は問題になることがある
厚生労働省が公表した事例では、ICカードで労働時間を管理していたものの、始業直前・終業直後の15分間について、実際に業務をしていたかどうかにかかわらず、一律に切り捨てる処理が行われていました。
労働基準監督署から過去の時間外労働について実態調査をするよう指導を受け、事業場が調査したところ、実際にその時間帯に業務をしていた労働者が複数確認されました。
その結果、差額の割増賃金を追加で支払い、一律の切捨て処理も廃止しています。
ここで重要なのは、
「15分」という時間そのものではなく、実際に働いていた時間を一律に労働時間から除外していたこと
です。
今回の事例ではICカードによる勤怠管理が行われていました。
つまり、勤怠システムを導入しているからといって、それだけで適正な労働時間管理ができているとは限りません。
システム上の勤務時間と、現場で実際に働いている時間が一致しているか。
ここまで確認する必要があります。
介護現場には「見えにくい労働時間」がある
厚生労働省は、労働時間について「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と説明しています。
明確に「この仕事をしてください」と指示された場合だけではなく、使用者の明示または黙示の指示によって業務を行っている時間も労働時間となります。
また、業務上必要な準備行為や、業務終了後の清掃なども例示されています。
介護事業 所に置き換えると、例えば次のような場面があります。
始業前の申し送り
勤務開始時刻は8時30分。
しかし実際には、
「8時30分から利用者対応を始めるため、8時20分には来て申し送りを確認している」
という運用になっていないでしょうか。
会社が明確に早出を指示していなくても、それをしなければ業務が回らず、管理者もその実態を認識している場合には、単純に「職員が自主的に早く来ている」と整理できるとは限りません。
終業後の介護記録
17時30分が終業時刻であっても、17時30分まで利用者対応を行い、その後に介護記録を入力していれば、実際の業務終了時刻は17時30分ではありません。
毎日の勤怠記録は17時30分となっている一方、実際には17時40分、17時45分まで記録を作成している。
こうした状態が常態化していないか確認する必要があります。
利用者・家族への突発的な対応
退勤直前に利用者対応が発生したり、家族からの電話に対応したりすることも、介護現場では珍しくありません。
予定していた終業時刻を過ぎた場合には、その時間についても実態に沿って管理する必要があります。
研修や会議、委員会
介護事業所では、 各種法定研修、委員会、ケース会議などが行われます。
勤務時間外に実施されているからといって当然に労働時間から除外されるわけではありません。
事業所として参加を義務付けているのか、実際にどのような運用をしているのかを確認する必要があります。
ただし、職員が自由に残業してよいわけではない
ここでもう一つ重要なのが、
実際の労働時間を正しく把握することと、職員が自分の判断だけで自由に残業することは別の問題
だという点です。
会社には、実際に行われた労働時間を適正に把握し、労働時間に該当するものについて適切に賃金を支払う必要があります。
一方で、
「今日中に終わらないと思ったので、自分の判断で1時間残りました」
「自分が納得するまで記録を作りたかったので残業しました」
というように、職員個人の判断だけで自由に時間外労働を行うことまで認める必要はありません。
特に組織が大きくなるほど、管理者が一人ひとりの職員に対して毎日、
「今日は30分残業してください」
と個別に指示することも現実的ではありません。
そのため、
時間外労働が必要になりそうな段階で、職員から管理者へ報告・相談し、残業が必要かどうかを判断する
という仕組みが重要になります。
ここでは、残業申請の「書類」だけではなく、日頃の報連相も重要です。
「このままだと時間内に記録が終わらない」
「予定外の利用者対応が入り、通常業務が遅れている」
といった状況を職員が早めに伝え、管理者が状況を把握して判断する。
残業管理は、勤怠システムだけで完結するものではありません。
「仕事が終わらない」は誰が判断するのか
例えば、職員から、
「介護記録が残っているので30分残業したいです」
と相談があったとします。
その場合、管理者は単に残業を認める、認めないだけではなく、
今日中に終わらせる必要がある業務なのか
翌日に回すことができないか
他の職員へ分担できないか
業務の優先順位を変更できないか
なぜ記録業務が時間内に終わらなかったのか
といったことを確認します。
残業が必要であれば承認する。
必要がなければ翌日に回す。
他の職員への分担が可能であれば調整する。
これが本来の業務管理です。
つまり、
「仕事が終わらないから残業する」という判断を、すべて職員個人に委ねないこと
が重要です。
同時に、管理者側にも職員が相談しやすい関係をつくることが求められます。
職員が「終わりません」と相談するたびに、
「時間内に終わらせてください」
とだけ返していれば、職員は次第に相談しなくなるかもしれません。
その結果、
黙って残業する
退勤打刻後に仕事をする
必要な記録を後回しにする
といった別の問題につながる可能性もあります。
職員には早めの報告・相談を求め、管理者はその報告を受けて業務の優先順位や対応方法を判断する。
上司と部下のこうした日常的なコミュニケーションも、残業管理を機能させるためには必要です。
残業申請制度は「残業代を払わないため」の制度ではない
時間外労働について、事前申請・承認制度を設けている事業所もあります。
この制度の目的は、
残業代を支払わなくてもよくすることではなく、残業の必要性を組織として管理すること
です。
したがって、
「事前申請がなかったから残業代は支払いません」
と機械的に処理することには注意が必要です。
例えば、
管理者の目の前で毎日終業後も仕事をしている
管理者が記録入力が終わっていないことを把握している
定時では処理できない業務量になっている
終業後の業務が長期間にわたり常態化している
といった状況であれば、申請がなかったという理由だけで実態を無視することは適切ではありません。
今回の厚生労働省の事例でも、勤怠記録だけを見るのではなく、過去に遡って各労働者から事実関係を聞き取るなど、実際の勤務状況について調査するよう指導されています。
逆に、職員側にも、事業所が 定めた残業の相談・申請ルールに従ってもらう必要があります。
この両方があって、初めて残業管理が機能します。
介護事業所でつくっておきたい残業管理の流れ
実務上は、例えば次のような流れを職員と管理者の双方で共有しておくとよいでしょう。
① 原則として所定労働時間内に業務を終了する
まずはこれが基本です。
② 時間内に終了できない見込みが生じた段階で、管理者へ報告・相談する
職員自身の判断だけで残業を開始するのではなく、残業の必要性を管理者と共有します。
③ 管理者が残業の必要性を判断する
残業を認めるのか、翌日に回すのか、他職員へ分担するのか、業務の優先順位を変えるのかを判断します。
④ 突発的な利用者対応などは事後報告を認める
介護現場では、利用者の急変や家族対応など、事前に承認を得ることが難しい場合があります。
そのような場合には、事後速やかに管理者へ報告するルールを設けておきます。
⑤ 残業が繰り返される場合は原因を確認する
特定の職員だけ残業が多いのであれば、本人の仕事の進め方や優先順位の付け方に原因があるかもしれません。
一方で、多くの職員が同じように残業しているのであれば、
人員配置
業務分担
記録方法
会議の実施方法
ICTの活用
管理者の業務指示
など、組織側の仕組みに原因がある可能性があります。
また、残業の相談がほとんど出てこないにもかかわらず、実際には終業後も職員が残っているのであれば、職員と管理者の報連相が機能しているかという点も確認する必要があり ます。
単に「残業を減らしてください」と伝えるだけでは解決しません。
管理者が確認したい9つのポイント
次のような状態になっていないか、一度確認してみてください。
始業時刻より前に申し送りをしている
打刻前に利用者情報や連絡事項を確認している
終業後に介護記録を入力している
終業時刻後も利用者・家族対応をしている
研修や会議を勤務時間外に行っている
実際の退勤時刻より前の時間で勤怠処理している
15分、30分単位で労働時間を一律に切り捨てている
残業する際の相談・承認・事後報告のルールが決まっていない
業務が終わらないときに、職員が管理者へ相談できる関係になっていない
該当する項目があるから直ちに法違反になるということではありません。
重要なのは、
勤怠記録と実際の働き方にズレがないか。
そして、
残業を職員任せにせず、報連相を通じて組織として管理できているか。
という点です。
「残業代を正しく払う」だけでは労働時間管理とはいえない
労働時間管理というと、
「残業代を正しく計算する」
という話になりがちです。
もちろん、それは必要です。
しかし、経営・労務管理の観点では、それだけでは十分ではありません。
残業が発生した後に正しく計算して支払うだけではなく、
なぜ残業が必要になったのか。誰が残業の必要性を判断するのか。業務が終わらないときに職員が相談できているか。繰り返し発生している場合に何を改善するのか。
まで考える必要があります。
介護現場では、数分から十数分の申し送り、記録、利用者対応などが積み重なり、「いつものこと」として見過ごされることがあります。
一方で、職員一人ひとりの判断だけで自由に残業する状態も、適切な労働時間管理とはいえません。
今回の厚生労働省の監督指導事例を機に、
「実際の労働時間を正しく把握できているか」
だけではなく、
「残業が必要なときに職員から報告・相談があり、管理者が必要性を判断できる仕組みになっているか」
という点も確認してみてはいかがでしょうか。
勤怠管理、業務管理、そして上司と部下の日常的なコミュニケーション。
これらを別々の問題として考えるのではなく、一体として整えていくことが、介護事業所の適切な労働時間管理につながります。