市川社労士事務所
介護人材の確保は「採用」だけでは解決しない 離職分析と職場改善が採用力につながる理由
介護業界では、人材不足への対応として採用活動に力を入れている法人が少なくありません。
しかし、新しい職員を採用しても早期離職が続けば、人材不足は解消しません。そのたびに採用活動、職員教育、シフト調整などが必要となり、既存の職員や管理者の負担、採用コストも増えていきます。
そのため、人材確保は「採用」と「定着」を分けるのではなく、一つの職場づくりとして考える必要があります。
令和8年7月、三重労働局の雇用管理改善等コンサルタントとして、鈴鹿市の介護事業所を対象に「介護人材の定着に向けた職場づくり」をテーマとする講演を行いました。
講演では、介護人材の離職状況を踏まえ、自法人の離職傾向をどのように分析し、職場環境、処遇、評価、育成の改善につなげるかについてお伝えしました。
本記事では、当日の講演内容の一部を基に、職員の定着に向けた職場改善が、処遇改善加算の上位区分の取得・維持や採用力の強化に、どのようにつながるのかを解説します。
介護職員の離職者の5~6割が勤続3年未満
介護労働安定センターの令和4年度「事業所における介護労働実態調査」によると、離職者のうち勤続3年未満だった人の割合は、訪問介護員で56.9%、介護職員で61.3%でした。
さらに、勤続1年未満で離職した人の割合は、訪問介護員で34.3%、介護職員で34.9%となっています。つまり、離職者の5~6割が勤続3年未満であり、約3人に1人が勤続1年未満で離職しています。

ここで注意したいのは、この数値は「3年間の離職率」ではなく、離職者のうち勤続3年未満だった人の割合だという点です。
採用人数を増やしても、入職後3年以内、特に1年以内の離職が続けば、法人内の職員数は増えていきません。新人教育を担当する職員にも負担がかかり、「教えてもすぐに辞めてしまう」という疲弊につながることもあります。
採用活動だけではなく、入職後に職員が働き続けられる仕組みを整えることが重要です。
業界平均だけでなく、自法人の離職傾向を分析する
自法人の定着状況を考える際、離職率だけを見て判断することは適切ではありません。
特に小規模な事業所では、1人が退職しただけでも離職率が大きく変動します。また、法人全体の離職率が低くても、特定の事業所や職種、管理者のもとで早期離職が集中している可能性もあります。
離職状況は、次の3つの視点から確認します。
* 何人辞めたか
* いつ辞めたか
* なぜ辞めたか
「何人辞めたか」では、法人全体の離職率だけでなく、事業所別、職種別、勤続年数別の状況を確認します 。特に大規模な法人では法人の平均だけで見てしまうと課題の特定が難しくなります。
「いつ辞めたか」では、入職後1年以内の早期離職が多いのか、一定の経験を積んだ職員が辞めているのかを確認します。新人の離職が多いのか、リーダー層に多いのか、定年近い退職なのかで意味が違います。
「なぜ辞めたか」では、本人が伝えた退職理由だけでなく、その背景にある職場環境、管理者の対応、業務負担、処遇、育成などを整理する必要があります。当然、皆が正直に離職理由を言えるわけではないので、匿名による従業員満足度調査などでできる限り理由を特定する必要があります。

現状を把握する際には、次のような複数の情報を確認します。
* 離職率、離職時期、残業、欠勤、有給休暇の取得状況
* 定期面談、退職時面談、職員アンケートなどによる職員の声
* 業務やシフトの偏り
* 新人教育や相談体制
* 管理者の指示や職員への関わり方
* ハラスメントや職員間トラブルの記録
例えば、入職後の早期離職が多く、職員から「指導内容が人によって違う」という声があり、教育手順も決まっていない場合、課題は単に「最近の新人は長続きしない」ということではありません。
新人教育が特定の職員の経験や考え方に任され、法人として標準化されていないことが課題だと考えられます。大規模な法人ではマニュアル等も整備され「教育体制がある」という状態であっても、「制度が現場で 適切に運用されている」とは限りません。
離職の原因を本人の性格や意欲だけに求めず、体制と運用状況の乖離がないかや、数字、職員の声、職場の状況に共通する傾向がないかを確認することが大切です。
分析した課題に合った対策を選ぶ
離職状況を分析した後は、見極めた課題に対応する取り組みを選びます。
例えば、次のように課題と対策を対応させます。
* 新人教育が属人化している
→ 新人教育の標準化、指導担当者の明確化、面談時期の見直し
* 管理者の指示や職員対応に課題がある
→ 指示の明確化、管理者教育、相談・報告体制の整備
* 業務負担やシフトに偏りがある
→ 業務分担、人員配置、勤務体制の見直し
* 処遇や評価に対する不満がある
→ 賃金、評価基準、昇給の仕組みの明確化
* 成長や将来のキャリアが見えない
→ 職員教育、資格取得支援、役割やキャリアパスの明確化

すべての対策を一度に実施する必要はありません。
自法人で優先して取り組む課題を決め、実施後に離職率や職員の声、勤務状況などに変化があったかを確認しながら、改善を続けることが重要です。
目指すのは、単に職員が辞めない状態ではありません。どんな組織でも新陳代謝はあります。
重要なことは、職員が無理なく働き、処遇や職場運営に納得し、成長を実感しながら働き続けられる職場を目指し続ける事です。
職場改善は処遇改善加算の 上位区分にもつながる
職場環境、職員教育、評価制度、キャリアパス、業務改善などの取り組みは、職員の定着だけに関係するものではありません。
これらの取り組みの一部は、介護職員等処遇改善加算の上位区分を取得・維持するための要件にも関係します。
令和8年度の介護職員等処遇改善加算では、職場環境等要件、資格や勤続年数等に応じた昇給の仕組み、生産性向上などが上位区分に関係しています。
例えば、次のような取り組みです。
* 新人職員に対する教育・研修体制の整備
* 資格取得やキャリアアップを支援する仕組み
* 職員が相談しやすい体制の整備
* 業務手順の標準化
* ICTや介護テクノロジーの活用
* 役割や能力に応じた昇給の仕組み
* 職場環境改善に関する取り組みの見える化
ただし、職場環境を改善すれば、自動的に上位区分を取得できるわけではありません。
上位区分の取得には、 職場環境等要件だけでなく、キャリアパス要件や賃金改善、サービス種別に応じた要件などを確認する必要があります。
一方で、加算の申請時期だけ規程や書類を整えるのではなく、日頃から職場環境、教育、処遇、キャリアパスを改善しておくことで、上位区分の取得・維持に必要な基盤を整えることができます。
上位加算を賃金改善につなげ、求人票で具体的に示す
職場環境や生産性を改善し、処遇改善加算の上位区分を取得・維持できれば、職員の賃金改善に充てる原資を確保しやすくなります。
その原資を基本給、処遇改善手当、資格手当、役職手当、賞与などへ適切に反映できれば、求人票でも実際の給与水準を具体的に示すことができます。

※右側の給与例は、鈴鹿市内の特別養護老人ホームの公開求人を基に講師が作成したものであり、弊所顧問先の事例ではありません。
求人票に「処遇改善に取り組んでいます」「キャリアアップを支援します」と書くだけでは、求職者には具体的な処遇や将来像が伝わりにくいことがあります。
一方で、次のような内容を示すことができれば、求職者は入職後の働き方やキャリアをイメージしやすくなります。
* 一般介護職とリーダー職の給与水準
* 介護福祉士などの資格手当
* 役職に就いた場合の手当
* 昇給や賞与の 基準
* 資格取得後に担当する役割
* 将来の想定月給や年収
* 入職後の教育・フォロー体制
職場改善と処遇改善加算を別々に考えるのではなく、法人内の職場づくりと賃金制度を連動させることが重要です。
定着対策は採用力を高めるための土台になる
求職者は求人票だけを見ているわけではありません。
法人のホームページやSNS、職員や退職者の口コミ、地域での評判などから、職場の実態を確認する人もいます。むしろスマホで簡単に調べられる時代であるため、求職者には「常に見られている」と意識する方が良いかもしれません。
そのような時代の中、求人票や面接で説明した仕事内容、勤務条件、教育体制、職場環境と、入職後の実態が大きく異なれば、早期離職につながる可能性がありますし、口コミを書かれる危険性も生じます。
反対に、職場環境を改善し、実際に運用されている教育体制、相談体制、処遇、キャリアパスを具体的に発信できれば、法人に合った人材から選ばれやすくなります。
つまり、定着対策は既存職員の離職を防ぐためだけのものではないと言う事です。
職員が安心し て働き続けられる職場をつくることは、その職場の強みを求人票やホームページで具体的に示し、採用力を高めるための土台にもなります。
職場環境・生産性の改善
→ 処遇改善加算の上位区分の取得・維持
→ 賃上げ原資の確保
→ 求人票で具体的な処遇やキャリアを示す
→ 採用力の向上
→ 入職後のギャップを減らして定着につなげる
この循環をつくることで、採用と定着を一体的に進めることができます。
自法人の離職傾向を、職場改善につなげる
人材不足だからといって、採用活動だけを続けても、離職の背景にある課題が解決されていなければ、同じことを繰り返す可能性があります。
まずは、自法人で何人が、いつ、なぜ辞めているのかを整理することが出発点です。
そのうえで、職場環境、管理者の対応、業務負担、処遇、評価、育成などのうち、どこに課題があるのかを見極め、優先順位をつけて改善する必要があります。
弊所では、離職率の計算だけでなく、離職時期、職員の声、勤務状況、教育体制、管理者対応、処遇や評価制度などを整理し、法人ごとの課題を見極めたうえで、実行可能な改善策へ落とし込む伴走支援を行っています。
また、職場環境の改善と、処遇改善加算、賃金制度、評価制度、職員教育、採用活動を一体的に考え、介護・福祉法人が継続して改善できる仕組みづくりを支援しています。
社会保険労務士としての法的な視点に加え、社会福祉士としての対人支援の視点と、介護・福祉分野での15年の実務経験を踏まえて、コンサルティングします。
職員の離職傾向の分析、職場環境の改善、処遇改善加算、賃金・評価制度、管理者教育、人材の採用・定着などについてお困りの場合は、お問い合わせください。
【参考資料】
* 介護労働安定センター「令和4年度 介護労働実態調査」
* 厚生労働省「介護職 員の処遇改善」